エレベーター メンテナンスの設計

再着火が可能なLEI5Aエンジンの場合は、さらに仕事がつづく。
たとえば衛星を、赤道上空の高度三六〇〇〇キロの静止軌道に上げる場合である。
一回日の燃焼により、いったん衛星を低い軌道にあげたところで、ひとまずエンジンは停止して、ロケットは慣性によって飛行をつづける。
そして赤道の上空にちかづいたところで、ふたたび燃焼を開始して加速し、静止軌道へむかうトランスファー軌道へとロケットをすすめるのである。
もスペースシャトルにもないアイデアだった。
引く手あまたの日本製ロケット・エンジン日本は、そうした優れたエンジンをH-Iロケットの時代に自主技術で開発し、実績を積んでいた。
当時のエンジンの名称は、LE-5である。
HIHには、このエンジンを一部改良したLE-5Aを開発し、第二段のエンジンとして搭載することにしていたのだ。
宇宙先進国のアメリカといえども、新しいロケット・エンジンの開発というのは、一朝一夕にできるものではない。
途方もない開発費がかかるうえに、完成して実用化の段階に入ってからも、実績を積まなければ信頼性は確保できないから、膨大な時間もかかる。
だからLE15Aは、能力の面でも実績の面でも、マクダネル・ダグラス社にとって魅力的だった。
これをデルタHの第二段ロケットのエンジンにすれば、静止軌道に一・四トンの衛星を上げることが可能になるのである。
非公式の申し入れには、HIHの飛行が実証されたのちに若干の改修をして、という条件はついていたものの、ひじょうに積極的な内容だった。
ところが、マクダネル・ダグラス社の申し入れから半年もたたない八八年の十月、今度はこれもロケット・メーカーの老舗、ジェネラル・ダイナミックス社から非公式の打診があった。
こちらは、エンジンだけ購入したいというものである。
ジェネラル・ダイナミックス社で開発中のアトラスHは、第二段ロケットにプラット・アンド・ホイットニー社のエンジン「RL-10」を二台搭載することになっている。
しかしそれと平行して、まったく別のエンジンを搭載する第二段ロケットの開発も検討していた。
二種類のタイプを用意しておくことで、もしも一方のシステムに不具合が見つかった場合にも、その補修に時間を奪われて打ち上げスケジュールが遅延されることなく、すぐにもう一方のロケットに乗り換えられるからだ。
ようするにリスクの分散である。
そのエンジンの候補に、ロードも大きくなり、それによる衛星打ち上げコストの低減化も期待できた。
このときジェネラル・ダイナミックス社は、すでに「RLl10」を発注済みである。
そのためLE15Aにかんする話が成立した場合、購入は九三年以降になるとしていた。
打ち上げスケジュールは、年に四回である。
したがってスケジュールが順調にすすめば、年に八台のLE15Aを日本から導入する必要がある。
いっぽうマクダネル・ダグラス社がすすめようとしているデルタHの新型ロケット「デルタを一台しか搭載しないものの、リスク分散のためではなく〝定番″ロケットとして、年に三機から四機の打ち上げをつづけてゆく計画である。
単純に計算しても、長期的に安定した需要が期待できることはあきらかだ。
ロケット先進国アメリカの老舗メーカー二社からきたこの打診は、日本の宇宙産業における大きな一歩だった。
一九七〇年代のはじめ、通産省は大規模な技術研究に予算を投じ、将来型の産業の基盤づくりとして大型プロジェクト制度、通称〝大プロ″に力を入れていた。
航空機産業の育成をめざした「航空機用ジェット・エンジンの開発・研究」や「パターン情報処理システムの研究・開発」、また「電気自動車の研究・開発」などは、その当時の代表的なテーマである。
いずれも、将来の航空宇宙産業、コンピュータ産業、エネルギー産業を視野に入れてのものだった。
どのプロジェクトも、期待された成果をあげることはできた。
とくにジェット・エンジンの研究は、純国産ターボファン・ジェット「FJR710」を生み出し、日本の技術水準を高めることに貢献した。
その当時、科学技術庁の航空宇宙技術研究所が中心となって開発していた短距離離着陸実験機「飛鳥」の低騒音エンジンとして、研究用ではあったものの、実機に搭載されることで〝実績″を積んでいた。
そればかりではない。
このFTJR710の実績にロールスロイスが注目して協同開発がはじまり、「RJ1500」という日英協同開発のエンジンが生まれた。
そしてこのコンビネーシヨンに、さらにプラット・アンド・ホイットニー社なども参加して国際協同プロジェクトが組まれ、そこからエアバス機に搭載されている「V2500」エンジンが誕生したのだった。
しかし残念ながら、そこ止まりである。
研究開発としては成功し、技術力を世界に証明することはできたものの、″日本製″を生み出すにはいたらなかった。
日本の自主技術による日本製のジェット・エンジンを、世界に送り出すことはできなかったのだ。
航空宇宙産業というのは、知識集約型産業の典型である。
材料費や製造コストよりも、技術力とノウハウが製品の価格に占める割合が大きいという特徴がある。
しかも、素材の開発やエレクトロニクス、そしてコンピュータや情報システムなど、ハードウエアからソフトウェアにいたるまで、幅広い分野に関連している。
その意味では、富士山のように裾野が広い産業である。
日本は、科学技術創造立国をめざすとされている。
またこの国は技術立国だと考えている人は少なくない。
しかし現実には、たんなる〝製造立国″にすぎない面がきわめて強い。
技術力というのは、モノを創り出す能力であり、ノウハウのことである。
また、ほかでは真似のできないモノを造る技能である。
機械によって大量生産することではない。
ただ流れ作業でモノを造るだけなら誰でもできるし、それは技術とはいえない。
薄利多売の大量生産がやがてはゆきづまることは、過去の事例が証明している。
そればかりか、近年の日本ではそういう製造部門でさえ機械ごと海外移転し、国内では空洞化がすすんでしまった。
これではお世辞にも技術立国とはいえないばかりか、製造立国の看板さえもおろさなければならないだろう。
これからの日本は、やはり知識集約型の産業を核としていかなければならない。
そのとき、てよい。
航空宇宙産業がもつそうした特徴と、そして過去の経験を振り返れば、マクダネル・ダグラスとジェネラル・ダイナミックスからのLE15Aエンジン導入の申し入れは、ひじょうに大きな意味をもつ。
これをきっかけにして、新しい産業育成の手がかりとするのも、決して夢ではなかったのである。
しかし、話はかんたんにはすすまなかった。
日本には、「宇宙開発は平和目的に限定する」という〝原則″があったからだ。
三十年まえの一九六八年四月に衆参両院で宇宙開発委員会設置法が可決したときの、「宇宙の平和原則」といわれる付帯決議である。
これにより、新産業創出の芽は摘まれてしまった。
平和目的をうたった原則が障害になったなどと表現すると、いかにも軍事を優先しているかのように思われがちだが、理由はまったくべつのところにあったのだ。
この当時、日本の国内はかつてないほどに揺れていた。
なによりもまず一九六四年の十一月から七二年七月までつづく佐藤栄作の長期政権下の中間地点であり、自民党の右傾化が問題になっていた時期で、世論が二分されていたといってよい。

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